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大阪家庭裁判所堺支部 昭和40年(家)761号 審判 1968年3月17日

申立人 山下明治(仮名)

参加人 山下松一(仮名)

主文

被相続人安井正子の相続財産である別紙目録第一および第二夫々記載の物件および大阪府知事の許可あることを条件として同目録第三および第四夫々記載の物件をいずれも申立人に分与する。

理由

調査および審問により、次の実情を認めることができる。

(一)  申立人と被相続人正子(明治四五年二月一一日生、以下A子という)とは、申立人がA子の従兄(申立人の母キクはA子の父安井真治の姉)に当り、また義兄(A子の亡夫四郎は申立人の弟)にも当る続柄にあつたものである。

(二)  而してA子の父真治は、申立人の祖父山下三郎の三男で、安井アイ子と入夫婚姻して安井の氏を称し、三〇年の長きに亘り○○役場に吏員(最後は収入役)として勤務し、居村(大阪府南河内郡○○村大字○○)では信望厚き屈指の資産家で、昭和二〇年五月一日死亡したのでその家督を相続したA子(真治の弐女)は、初婚解消後真治の婿養子なる申立人弟(四男)四郎と婚姻し(その後同人戦死)、同弟(三男)三郎(笹本清と入夫婚姻)の三男笹本喜一と養子縁組をなした(その後同人も死亡)ことがあり、他方申立人は一七歳にして父万助(真治の姉の夫)を失い真治には父に対するような親しさにて接し、同人から親身の世話を受けたことがあるという両者間の関係上A子と申立人とは、他の双方の親戚者のいずれよりも近親的立場にあつたし、昭和二〇年A子の父母、前記養子が続いて病没したとき、いち早く馳けつけて主導的に看病を始めとして家事の切り廻しに尽力せねばならなかつた程の責任的地位にもあつた。

(三)  上記のような近親関係にあつたればこそ、A子は父なき後生活費捻出のためその遺産を処分するに当つては、その当否、価額、方法等につき、申立人の意見を聴取し、その他対世的事項は勿論家事一切についても申立人に相談を持ち掛け、生来無理が効かない体質であつた(若い頃腹部の大手術を受けたことがありこのため妊娠不能の身となり而して経常的に高血圧であつた)ため、家屋の修理等の労力は勿論家内雑仕事についても申立人方の助力を求め、その懇切な援助を受けた。しかし、生活援助のための金銭ないし物品的支給はなかつた。(それは、A子が収得する小作料と亡夫の遺族扶助料とだけでは不足を来たした生活費に遺産処分の売得金を以て充てていた(( 気紛れに爪揚枝を束ね包装する内職をして小遣を稼ぐ程度しか働かなかつた))からで、富有な真治の在世中存した有体動産も、A子の死後目星しいものたると否との区別なく残つていなかつた程である。)

(四)  また、上記のような関係にあつたA子は、養子喜一が死亡した昭和二〇年を過ぎてから申立人との間に、将来申立人の二男なる参加人松一はA子が引取つて養子とすべき旨を約した。しかし、A子は早急に養子縁組の届出に出ようとはしなかつた。それは、Aが亡夫に生き写しで、しかも人となりの良好な松一に愛着を覚え、(独居のA子は夜分は淋しいとて、松一の小学校四年頃長いときは一ヵ月も毎晩、同人と同級生と二人連れで泊りに来て貰つた程である。)同人こそ自己の相続人(A子の所謂「跡とり」)となるべきものであると決心し表明もしたものの、かくも早く(四八歳の若さで)世を去るとは夢想だもしなかつたので、自己の生存中は財産支配の自由を他に奪われたくないし、また、養子に嫁を貰つてこれらと若い身空の自分が生活を共にするのを好まなかつたところから、老いて身の不自由になり松一の世話を受けることを欲するに至るまで独居を続け未届のままにしておきたいとの意思を有していたによるものである。(周囲のものたちに対し、かかる意中を漏していた。)

(五)  ところが、A子は昭和三五年一一月一四日午前一一時頃突然脳出血で倒れ、以後全く意識不明の状態が続き、同月二一日午前一時二〇分死亡したものである。発病から死亡に至るまでの同家訪問客に対する応対は専ら申立人がこれに当つた。(A子の看病その他雑事身辺の世話は家政婦松野トシ子がなし、親戚山下ミキ、溝口あき子および荒井八重子並びに知人野口はるみおよび秋山クニが交替で寝泊りして枕頭看視につとめた。)

(六)  葬儀は、町の習慣により、A子の近隣者で組織する組の全員により執行され、申立人がAとの間柄上喪主となり、その後の所定法要・供養も申立人が主宰者となつてこれを営んだ。ところで、同上看護・医療・葬儀・法事(盆の祀りを除く)の諸費用は、A子名義銀行預金により支弁された。しかし、世間に恥ずかしからぬ程度に大いなる同死者の石碑の建立と供養は、同人の七回忌当日たる昭和四二年一一月二一日申立人が単独出捐のうえこれを営み、親戚一同の懸案を解決した。それは、A子の死後間もなく開かれた「親族会議」における「一番縁故の深い明治が正子の石碑を建立し安井家の祭祀をなし、松一が死者の遺産を相続して行くこと」との決議と期待に応えたものである。而して同決議とその後の申立人からの勤めとにもとづき、昭和四〇年松一(河内長野市○○△△△○○○○○○○株式会社設計係員)は妻帯し生活独立の上は現在申立人の管理にかかる被相続人居住家屋に移り住み同人の祭祀を営み行かんと決意するに至つたものである。

(七)  A子は(五)記載の日時死亡し、同人につき相続が開始した。ところで、被相続人には相続人がなく、相続人不存在のため相続財産管理人として申立人が選任せられ、民法第九五二条、九五七条および九五八条所定の公告手続がなされたが、相続人である権利を主張するものがなかつた。相続財産管理人は報酬を請求しない。

相続財産に属するものは、積極財産としては別紙目録記載の物件であり、消極財産としては同上管理人に知られているA子名義未納固定資産税年税額合計金四七、九六〇円(三八年度一一、六一〇円、三九年度一二、〇二〇円、四〇年度一二、〇二〇円、四一年度一二、三一〇円)の債務である。

(八)  本申立の趣旨は主文掲記と同一であるが、申立の本旨(意図)とするところは後記(検討問題第二点中))本審判第一二頁))の記載)のとおりである。

叙上の諸事実にてらし、次の問題諸点について検討する。

第一  本件においては、何人が被相続人の特別縁故者であるかについて。一般的にいうと、被相続人の特別縁故者とは、被相続人とその生前において一定の生活関係または親族関係を有し、且つ生前から死後に亘るか、或いは生前の被相続人に対する一般社会人としての協力範囲を超ゆる程度の寄与(客観的要素)の存する者または『相続財産の分与を受くべし』との(相続財産分与制度制定前にあつては『相続財産の取得者となるべし』との)被相続人の希求的意思またはかかる意思を推定しうべき被相続人の先行意思(主観的要素)の対象となつた者と解せられる。ところで、申立人は被相続人との間に認定事実(一)記載のような親族(四親等傍系血族)関係を有するものであり更に、(三)、(五)および(六)記載の各事実にてらすと、「被相続人と生計を同じくしていた者」や「被相続人の療養看護に努めた者」ではないが、被相続人にとつては最大の精神的支柱であること(同人に対する生前寄与)、葬儀・祭祀の主宰者であり石碑建立者でもあること(被相続人に対する死後寄与)にかんがみ、民法第九五八条の三に所謂「被相続人と特別の縁故があつた者」に該当する者というべきである。

而してかかる特別縁故者に該当する者としては、本件にあつては単に申立人にとどまらず、更に(四)記載の松一が挙げられねばならない。けだし、(A)松一は被相続人と親族(五親等傍系血族)関係にあり、(B)且つ同人はついに被相続人と事実上の養子縁組も結ぶに至らなかつた(その所以は、(四)記載のとおりむしろ被相続人の自発的意思に存した。)が、若し被相続人が病臥中意識明瞭であつたならば、必ずや松一との養子縁組の届出が急遽なされていたであろうと解せらるべき関係にあつたし、(C)而して将来松一が自己の相続人となるべき旨の被相続人の意思の表明は、当然に同意思中に松一こそが自己の死後における財産取得者であるべしとの希求的意思を包含している(前記の主観的要素を有する)からである。そうすると、若し強いて両名に順位をつけるとするならば、松一は、むしろ申立人よりも、より先順位において特別縁故者に該当する者と断ずることができる。而して被相続人と縁故ありと称せらるる者は、申立人および松一の両名以外になお数名を挙げることができるけれども、相続財産の分与を受けうべき特別縁故者に値する者は、前記両名以外には存しない。

第二  本相続財産につき分与請求の申立適格を有しながら審判申立をなさず、申立をなさんとするも既に法定の請求期間を経過した現時点における松一は、前記のような優位な特別縁故者であつても、相続財産分与を受けることをえないかについて。

相続財産不請求不分与(請求なけば、分与なし。)の原則に従えば、審判主文上申立人のみが分与を受けえて、申立人ならざる松一がこれを受けえないものなることは、この種審判の性質上いかんともなし能わない当然の帰結である。さればとて、この単なる論理拘束のままに本件を処理し去るを以て能事足れりとなすべきか。深く省察を要するところである。

そこで具に考究するに、本件場合における両名間の関係は、他の場合のように上述の客観的要素たる被相続人に対する寄与の点における同質等位の関係ではなく、(二)(三)および(六)記載のように申立人は客観的要素の具有者であり、(四)記載のように松一は主観的要素の具有者で、しかも相続財産分与請求上の優位者であるという異質別位の関係にあり(特殊関係の第一点)、かててくわえて、この『申立の本旨なるものは、申立人が分与審判により自己に取得した財産をことごとく独占し去らんとするにあるのではなく、実に、松一こそが相続財産の承継者たるべしとの被相続人の志向と、同財産は将来被相続人およびその先祖の祭祀の主宰者となるべき松一が取得すべしとの親戚全員の悲願・所属部落総員の期待に応えるため、分与財産中の一部を松一の所有に帰せしめ、審判確定の上は終局的にその残余部分のみを申立人の所有に帰すべき、而して取得分の程度・内容は裁判所の判定するところに従うべきものとする点にある』という特殊な利益主張上の結合関係(両名間の法律関係は暗黙上成立した債権契約関係)でもある(特殊関係の第二点)と解明することができる。さすれば、叙上原則の適用の結果は、審判主文上において申立人のみが分与を受けおき、前述の両名間の関係の特殊性にかんがみ、本理由中において、申立人は分与財産の一部については自ら名実ともにその取得者となる(当該財産を以下申立人取得分という)ことはできるが、残余部分については、申立人は審判分与を受けるや、直ちに松一に対しこれを無償譲渡して、その所有に帰属(当該財産を以下松一取得分という)せしむべき債務を負う旨につき裁判所は宣明すべきであると思料される。(これがすなわち前記省察の結果の思索的加工に属する。)

第三  財産分与の程度および両名の取得分の内容如何について。

両名の被相続人との特別縁故関係の実体ないし本件実情にてらし考察すると、財産分与は別紙目録記載の相続財産全部にわたり、そのうち目録第二および第三記載の各物件は申立人取得分、同第一および第四記載の各物件は松一取得分とし、認定事実(七)記載の債務は申立人において弁済すべきものとする。なお同第二および第三の各物件はすべて農地であり且つ本件分与は「遺産分割により………権利が取得される場合」に該当しないので、農地法第三条第一項に則り、その所有権移転につき知事の許可を受けなければならない。

叙上の次第により、本件申立を相当と認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 井上松治郎)

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